30歳過ぎから工学 vol.2

http://d.hatena.ne.jp/j130s/ から移行しました.オープンソースロボットソフトウェア技術者兼主夫. 高校・大学学部文系-->何となくソフトウェア開発業-->退職・渡米,テキサス州でシステムズ工学修士取得,しかし実装の方が楽しいと気付き縁があったロボティクス業界で再就職.現在 Texas 州内の産業用オートメーションのスタートアップに Georgia 州から遠隔勤務.

(超私的)SFCの功罪

部屋を整理してたら, 日本から持って来て読んでなかった KO の湘南藤沢キャンパス(SFC)の季報 "SFC Review" があったので読んでみました. 専門性の選択の幅が異常に広い独特の授業構成は相変わらずなようだし, 学部生のうちから目立ちたがりというかベンチャー精神というかが見え隠れする, KO っぽいというか SFC っぽさも健在なようで安堵しました. 一方で私自身は工学生として渡米して中々苦しんでおり, その原因の(主ではないが)一端は SFC の学部生活にもあるのではないかと思ってみたりしている. そこで, 開校後二十年経って自/他己評価も多く為されてることと思いますが, 例に倣って私も, 自身への影響を振り返っておきたい. 他の学校/キャンパスでなくあのキャンパスに通った事の良/悪かった点. なお前提として, 一般化して語るつもりは皆無で私にとってどうだったかだけを見返すということと, 私は気が向かなかった科目は文字通りゼロ勉強で, 特に高校文系だった流れで基礎的な理数系科目は殆ど履修しなかったこと, 日本の他の学部も未経験なので自ずと日本国内の学校ではなく, 暗に今居るテキサス大Aton校工学部との比較になりそうなこと, を挙げておきます. あと包括的なレヴューでもなく思いついたことを羅列するのみだし, 深い議論を期待してたらごめんなさい, かなり表層的かも知れません.
まず一番良い意味で変わったのは, もっと上を狙う, もっと良くできる, と何事でも思うようになったこと. 皆さんにとっては当たり前かもしれませんが, 私は高校までまったく貪欲さというものが無かったように思う. ある程度までやったらそれで満足. しかし KO というところがそうなんでしょうが, 目立ちたがり, 派手好き (often includes うわべだけ...)なので, もっともっと良くして目立ってやろう, という気質が充満していた. SFC, しかも創設後しばらくの間, はとりわけその気が強かったのでしょうか. ともかくおかげで私もどうやったらもっと良くできるか(かっこつけて言えば Quality improvement)をやっと考えるようになった.
次に, 全学生の必須習得事項とされていた "語学とコンピュータ利用スキル" は私は恩恵を得ました. 下に詳述しますがドイツ語はそこそこ上達し, つい最近まで私の第一外国語はドイツ語と言える状態だった. コンピュータ利用も私の年代の人の間では真っ先にインターネットに触れ始め, 一般学生にとって使い易いとは言えない UNIX がキャンパス内コンピュータ環境だった中で, マニュアルに載ってないことでもハッキングすりゃけっこう色々できるらしいぞということを学びました. あと CNS, キャンパスネットワークシステム, 自体が面白かった. 組織に在籍する全員が共用する計算機資源ってのが何か理想的に思えて使ってて気持よかった. これらのコンピュータ利用体験が, 後の情報システム構築業へのモチベーションを作ってくれたと思います.
あと, 外国語は使えてナンボだという姿勢を植え付けられました. 徹底した会話教育. 実際使えました. ドイツ語を集中的に履修しましたが, アカデミックなテキストを読ませられた覚えはあまりなく, ひたすら会話訓練だったように記憶しています. 印象的だったのは夏休みに語学留学したドイツ. 自身初めて外国に出たこともあり不安でしたが, 今は亡くなった関口一郎先生自作の物語調の会話集*1を事前に読み込み, ドイツにも持ち込んでみたら, そっくり使える表現がいっぱいあり, 意外なほど言葉に困らなかった(ただしそのテキスト, ハンブルグで失くしてしまった...今おもうと宝物なのに...残念).
さて, デメリットは, 学校は専門性の獲得に関しテクニカルに担保していない点. もっと端的に言うと, 世界的に通用しない学位名を導入した点. これはかなり結果論で, 米国で工学系の大学院を受験している今の私ならではの意見かも知れません. 工学系大学院を応募する際, けっこう多くの大学院が必須要件として "BS(Bachelor of Science) かそれに準ずる自然科学系, 工学系の学士を有する" ことを求めています. で, この "自然科学/工学系の学士" はだいたい決まりきった名称しかなく, ぱっと見ればああサイエンスね/エンジニアリングねと判る. しかし SFC の学士は BA(Bachelor of Arts) in Environmental Information Studies で, サイエンスともエンジニアリングとも分からない. というか実際 BA と言ってる時点でそのどちらでも無い. 従って私のこれまでの大学院受験で不合格だった学校がこの点においてマイナス点してる可能性がある.
そして実際学位名だけでなく, 履修する授業も, あらゆる分野*2の授業を専門性の縛りが(ほぼ)無い状態で履修できるようにして柔軟性を高めていることの弱点として, いわゆる理学部/工学部を卒業する人に比べ専門分野の習得内容の網羅性, 習熟度は確実に劣る. 何が困るかというと冒頭に述べたとおり気に入った授業だけ受けることができてしまったので基礎が無いまま卒業できてしまう. おかげで私は SFC にいたうちは工学系学生の基礎(数学物理)も, コンピュータ系学生としての(作る側としての)基礎も持たずして情報処理系の高いレベルの事前知識を要する分野の研究室に属することができてしまったが, (学ぶことに対する当時の怠惰もあって)ソフトウェア開発に応用できるスキルは身に付けてなかったのでその点では企業に入ってからゼロスタートと大差なかった. それに大学院進学のために, 今こうして一定期間を学部生として工学系基礎習得に費やさざるを得ませんでした*3. まして今居る計算機科学&工学科の学部生は, ソフトウェアシステム構築能力に限って言えば, 日本で企業に入ってからソフトウェア開発を始めた人の1〜2年目と同等かそれ以上の知識を持って就職・ジャンプスタートしてるわけで, 条件が違うので見比べるのはどうかと思いつつも, つい嘆息してしまいます.
終わりに意見. 冒頭のとおり SFC に対する一般化した意見を言うつもりはなかったのですがやはり一点だけ言いたくなりました. 全学生必須事項である "語学とコンピュータ利用スキル" に, オプションとして数学, 物理を付けたらどうだろう. "問題を解くだけではなく, 発見できるようになろう" というような SFC の基本理念のため, 初めから問題を解くためのツールを教えるのは意に反するのかも知れないが, 数学の高い汎用性は私ごときが語る必要など無いことです. 実際, 理工学部出身者が活躍するような業務の多くでは数学は少なからず要るし, 経済等社会科学においても利用範囲は広いでしょう. したがって学部3年生とかで自分の取り組む問題が見えてきた時に, あっ数学要るわっ, と気付いても遅い. 唯一ソフトウェア開発では実は数学は使う機会が少なく, 人によってはまったく使わないのだが, 日本のソフトウェアエンジニアはもっと大学時代に論理性を養う必要性があるということを, 慶應の大岩名誉教授はじめ多くの方がおっしゃっていて, 数学物理はそれに有効だと思う. 多分 SFC のカリキュラム設計はしょっちゅう更新されてるようなので様々なことが考えられた結果そうなってるのでしょうしここで吠えても意味はないのですが. それに, もし数学オプションがあったとしたら当時の私は絶対に避けて通ってたからな...うーむ.
というわけで, かなり工学系の大学院に行く人としての話に傾いた感はありますが, SFC の学部を卒業した後にそういう道を進みたがる人は少数派ではあろうが居らっしゃることでしょう. 今後どなたかが参考にされたら, 是非コメント欄に何か残して下されば幸いです. そしてその後の議論は湘南台ニューオリで続けましょう.

それは私のゴハンなのですが...

*1:物語というか, 関口先生ご自身の留学時代の出来事や会話を人名だけ変えてテキストにした, という疑いアリ.

*2:私の例でいうと, 専門性を高める時期である3〜4年次ですら計算機科学を中心としながら生物学, 建築学, 組織政策, 心理学, 環境政策などを履修したようです.

*3:そもそも工学系大学院進学を思い立ったのがここ数年のことであり, SFC 学部生時代に考えてなかったのだから仕方ない面はあるのだが