30歳過ぎから工学 vol.2

http://d.hatena.ne.jp/j130s/ から移行しました.オープンソースロボットソフトウェア技術者兼主夫. 高校・大学学部文系-->何となくソフトウェア開発業-->退職・渡米,テキサス州でシステムズ工学修士取得,しかし実装の方が楽しいと気付き縁があったロボティクス業界で再就職.現在 Texas 州内の産業用オートメーションのスタートアップに Georgia 州から遠隔勤務.

MOOC - 数万人が同時履修する無料の (世界トップ級) 授業

例によって試験期間に限ってブログ書きたくなる病が発症しました.休憩で 20 分で書いてみる!
タイトルはシンセサイザーの名前ではありません.先月,いま通っている学校 (Dallas の SMU) の遠隔授業について書きましたが,世の中的に遠隔授業に関して大きな取組みが出てきました.今後利用するのが当たり前になって,やらないと置いて行かれたりすらするかもしれません.
昨 2011 年秋には人工知能学の世界的な研究者二人が二ヶ月程度に渡る無料クラスを開き,世界 190 カ国から 15 万人以上が登録しました (内約 2 万人が修了とのこと) が,この春はその時の講師の一人らが中心となって複数のクラスが開講されています.このオンラインシステム利用による大量履修の流れは 3月5日付の New York Times において MOOC (Massive Open Online Courses) と呼ばれてるらしい.
一般論は上の記事を参照していただくとして,私もこの春受講中である Programming A Robotic Car (担当は Stanford 大学終身教授の職を辞して Google 社の自律移動車研究チームリーダーになった Sebastian Thrun 博士) というクラスの,これまでの二週間の経験からいうと,とにかく内容のレベルが高い.世界中の受講者が活発にオンラインで議論している,運営側のサポートもリアルタイム,とまあ一学習者として良い事が多い.何より録画のメリットの基本中の基本である "わからんとこは繰り返し見るベシ" は当然可能だし,とにかく前回のブログで問題に挙げた ”学習経験の質” を上げることに重きが置かれているのがわかります.毎週授業と宿題があり,私は各週とも 15 時間程度費やしました (大学院の授業一個あたりも週あたり 10 - 30 時間使うのは通常かと).
これほど高い学習の質がオンラインかつ無料!!で保たれてしまうと,気になるのは ”学校で (お金払って) 学ぶのと差はなんなのか” です.
留学に限らず,大学院に通って学ぶこと関しこれまで私が見聞きしてきたアドバンテージは,"ネットワーク","級友や研究者との議論","地理/組織に依存する活動に参加する機会" でした.必ずしも "(座学/教科書ベースのの) 授業" が最大のメリットではない,という点は私も強く同意するところです (座学ならある程度独学で補うことすらできる).勿論,基礎/応用の知識を身につけないと人との会話も研究プロジェクトの作業もままならず,座学の必要性にまったく変わりはないのだが,わざわざ組織にコミットすることの意義として最優先でもないと思う.あとはもしある分野で一流と考えられる学校の卒業であれば更に ”箔” という付加価値も付くわけで,学校に通うことのメリットはなんら失われない.しかしながら,では必ずしも最大のメリットたり得ない座学の部分を,現地に行かなくても体験できる = オンラインでやってしまおう,という発想は学校に通う立場からしても馴染みやすい.
見逃せないのは,この記事中にある授業運営会社 (Udacity 社) は,生徒の成績を就活時に就職先に提供するのも検討してるとのこと.学位や修了証が発給されない分,これは就活が視野にある人にとって,極めて大きな Incentive になります.アメリカの就活では客観的に能力を証明することが求められる傾向が強いので.
一方教える側にもメリットがあるらしい.上述の Thrun 博士は,Stanford の教室で 20 名の顔を見ながら講義していたのが,誰の顔も見えないがオンラインで数万人に教えることができた,教室にはもう戻れない,と興奮を語っています.
大学で授業を受け持つこと自体の労力はかなりのものだと思います.オンラインならではの労苦もあるでしょうが*1,大量に数をさばくための仕組みも運営会社によって考えられているし (例えばプログラミング課題すら提出可能),何より意識が高い運営会社に色々まかせられそうだし,このほうが比較的何から何まで自分でやらねばならない大学院での授業担当より楽なのでは?とか推測.
この分野の収益構造が今後どうなっていくのでしょうか.Udacity はエンジェルの,同種のサービスを以前から展開している khanacademy.orgGoogle からの投資の他ビルゲイツ財団をはじめとしたドネーションによって運営されているようですが,当然投資や献金では産業として拡大しないので,収支が安定する仕組みが模索されている最中かと思います.授業の種類が充実していけば,上述した成績提供の仕組みと併せ,特定のスキルを持つ人材がほしい企業からの運営事業者に対する投資が増えていったりするでしょう.
成績を企業に提供する仕組みが整うと,たとえば,それこそ今私が履修してるような自律移動技術みたいな,かなりニッチなスキルも,一定の質を保った技術者を照会・マッチングし易くなる,というのは想像がつきます.しかも受講者は全世界に散らばっているわけで,うまくやればスキルを持つ人材のデータベースを,現地オフィスを持たずして世界展開することも可能.一大 Job Agency の誕生ですね.
高度な内容を,教わる側も教えられる側も低コストでサクサク進められるこの仕組み.授業料高騰が問題になっている米国でなくとも,無料で高品質はウレシイ限り.そのうち当たり前になっていくのかな.日本からも世界に向けて発信される日が来るんでしょうね.
結局 40 分かかってしまった.

スフレを初めて食べました.食感がおもしろいし低カロリー.はまる.

*1:ちなみに履修者を退屈させない授業の仕組みも魅力の一つ.一回の授業は,数分程度のごく短い動画が数十個集まっていて,各動画ごとにクイズで理解を確認していく.サクサク感の高さは,陳腐な言い方だけど,シリコンバレー発ならでは.あと,Programming A Robotic Car の授業に関して言うと,確率を多用するロボティクスの理論と,それを Python で実装するという大きく二つの構成なのだが,プログラム書いて流れを体感させた後に数式の説明をするなど,個人的には理解がしやすい構成になっている.Bayes 理論の公式の意味が初めて腑に落ちました.