30歳過ぎから工学 vol.2

http://d.hatena.ne.jp/j130s/ から移行しました.オープンソースロボットソフトウェア技術者兼主夫. 高校・大学学部文系-->何となくソフトウェア開発業-->退職・渡米,テキサス州でシステムズ工学修士取得,しかし実装の方が楽しいと気付き縁があったロボティクス業界で再就職.現在 Texas 州内の産業用オートメーションのスタートアップに Georgia 州から遠隔勤務.

四年間の留学終了まで残り三週間弱

期末試験目前なので例によってブログに逃避.
2008 年夏からの留学生活も終わろうとしています.留学が終わるということ自体に感慨はさほど,というか全然無い.しかし,自分の進む方向を大きく変え,どうにかこうにかその方向に向かって船が進みつつあることに対する満足感を表す言葉としては,感慨という言葉はたぶんぴったりです.
卒業して一息つけたらきちんと振り返りますが,数行でまとめると,高校・大学学部文系で中堅に差し掛かったソフトウェア開発者が,退職・いきなり英語圏の学部に入り,高校卒業したてのネ/ニーチャンに混じって一から理数系を学び,酷い点数を取りまくって一応システム作りで飯食ってきたんですけど?という誇りがボロボロになりながらも徐々に追い付き,工学の大学院まで進んで数学物理を駆使するロボット工学を専門にし,卒業そして何とか米国内で就職先を見つける,という所まで現在ストーリーは進んでいます.
正直,やっぱダメかもしれない,十代で理数系のバックグラウンドを築かなかった自分には,三十過ぎてから宇宙開発だロボットだという路線転換は遅すぎたのかも知れない,結局数年かけて工学を学んでも,日本でやってきた仕事の路線に戻るしかないのかな,いやそもそも,志していたアメリカでの就職なんてできないんじゃ,という弱気が,特に最初の三年間は何千回も頭の中をよぎりました.
しかし今卒業を目前にし,何とか米国内でのロボティクス就職もできそうな目処が立ち (決定してませんが),諦めずに夢を描き続けて来て良かったな,と.世界中から集まって来る人達は勿論,テキサスの地元民ですらめためたに優秀な人達が居るぞ,というのを目の当たりにし,自分の限界がより明瞭に見えた一方で,あれれ?努力し続ければ限界の線を押し上げられるっぽいぞ?という経験もしてしまった.能力/立場をわきまえつつも,一方で積極的に攻めないとこの国では生き残れない,そのあたりのバランス感は良くなってきてるはず.
何にせよ,両親や友人達,そして何より最愛の某氏に "支えられた" からここまで何とか来れた,という言葉がほんとにしっくり来るのを噛み締めています.支え無しには今ここまで絶対に来れてない.卒業後の将来に夢膨らませつつも,区切りとしての卒業に向け,最後の追込み中です.

支えてくれたのは人だけではない.愛猫達もです (かなり支えてやってもいるが).左がもうすぐ一歳のオスの Nobi,右がもうすぐ二歳のメスの Tunatuna.