30歳過ぎから工学 vol.2

http://d.hatena.ne.jp/j130s/ から移行しました.オープンソースロボットソフトウェア技術者兼主夫. 高校・大学学部文系-->何となくソフトウェア開発業-->退職・渡米,テキサス州でシステムズ工学修士取得,しかし実装の方が楽しいと気付き縁があったロボティクス業界で再就職.現在 Texas 州内の産業用オートメーションのスタートアップに California 州から遠隔勤務.

オンリーワンとロールモデル

トヨタとソフトバンクが組んで会社を作るというニュース,学部の時の同級生が取締役に御就任されるとのこと.十五年くらい前まだ二十代wでキャリアに悩み暗中を這っていた時に,偶然みたオープンソースコミュニティのメーリングリストで彼が議論をまとめたりしてるのを見て,(今考えると変な話だが) へー日本人でも活躍できる世界なんだなー,と,当時は刺激だけ受け取ってましたが,それから十年も経たずに自分もオープンソース業界でどうにかこうにか話を出来るようまでになり,活動場所を得たり,と思えるようになった.その一端には,迷ってどうしよもない若い頃に見たかつての同級生が先を行く姿は,確実に影響してると思います.

ノーベル医学賞の本庶氏のエッセイFacebook 上の知人曰く,(このエッセイに限らないのだと思うが) これを読んで共感できる等と相槌を打つのは僭越で,理解できる箇所を自分の都合に良く解釈しているに過ぎないのでは,と.その知人の言には静かな感動を覚えました.その言に従いつつエッセイに絡んでコメントすると,研究者はオンリーワンを目指すべきなのだそうです.ヒット曲のタイトルにもなってますが,闇雲にユニークであれば万事宜しいわけではなく,じゃあオンリーワンとはどういうこと?と研究者でなくとも考えることがありますが,その際に,自分の向き不向きと向き合うことは避けられないなあと思います.

かつて厳しく指導をして下さった方が,私はエース級の技師を目指し,真似するべきではない,と当時言われました.その時に外注先の IBM 研究所のマネジャの方何人かと一緒に仕事させて頂くことがありました.PhD 持ちで大学講師も務めるような"エース級"の方は,技術的な問題があった際,マネジャとしてのタスクの扱いは勿論行ったうえで,専門知識を活かしつつ御自身で深く洞察した上でチーム内での解決に活かしている感じで,一緒に研究を進めましょう,という印象を顧客である私達に与える感じでした.一方,私にむしろ参考にすべきと示されたのは同社の別なマネジャの方で,私の印象だとその方はチームが最も機能するよう調整することに徹している印象でした.後で聞いたところによるとその方も同社製品開発で実績があり技術者として優秀な方でしたが,プロジェクトマネジャとして客先に来られている時は,問題をチームで効率的に処理することに集中し,さばさばとした印象でした.それら方々のどの部分を指して私に真似すべき・すべきではない,と仰られたのかは結局深く話しする機会がなかったのではっきり分からないのですが,ロールモデルとなる人を持つことを明示的に意識した瞬間でした.

このブログタイトルにもしている通り,30過ぎてから本格的に工学に転向しました.30にして大いに惑い,アメリカに渡って修士を取り,シリコンバレーで"エース級"が集まる企業への潜入 に成功し (&すべてにおいて圧倒的な差を目の当たりにして打ちひしがれる),広い工学業界で冒頭のように自分が向いていると思える居場所を見つけ,40歳も半ばに指しかかろうとしています.大きな大きな遠回りでしたが,もし30代を基礎習得に捧げていなかったら今どうなっていたかと思うと本当に良かった.いっぽう,言い訳半分ですが,数学的思考をはじめ10代・20代で勉学に打ち込むのに比べると30代はパフォーマンスは相当落ちると思う (確証はない).そもそも元々の工学的センスも欠けています.今に至り,日々の業務や,業界内で起きていることを見知るにつけ,十分深く追求するには至らなかった事は折々に後悔となって顕れます.基本的に2年間で修了する修士過程に進むべきか,5年以上かかるとされる博士過程に進むべきかを迷った際に判断の軸にした事の一つは,ロールモデルの方々で,最終的には早く仕事復帰して経験を積むべく修士に進みました *1.しかし,どうせ学校に戻る決断をしたのであれば,数年更にかかってもとことんやっておいたなら今頃どうなってたかな,とは思いますが.何にせよ,今後もずっと,おそらく引退するまで,勉強し続けないとやっていけないのが技師という仕事かな?と思います.

*1:これには色々誤解があり,特に少なくとも米国の工学の博士過程は,学業を本分としつつも,仕事としての経験も多く積む.そもそも学費免除な上に給与が出る身分