30歳過ぎから工学 vol.2

http://d.hatena.ne.jp/j130s/ から移行しました.オープンソースロボットソフトウェア技術者兼主夫. 高校・大学学部文系-->何となくソフトウェア開発業-->退職・渡米,テキサス州でシステムズ工学修士取得,しかし実装の方が楽しいと気付き縁があったロボティクス業界で再就職.現在 Texas 州内の産業用オートメーションのスタートアップに Georgia 州から遠隔勤務.

ある米国ロボティクススタートアップ企業に遠隔で働く生活

今の勤め先に就いて1年半くらい経ちました.米国のスタートアップってどうなんですか,というご質問を何度か頂いたので少しご紹介まで.あくまで一例ということで.なお,同じ米国内のスタートアップ企業でも,工学色が強い企業とそうでない業種の企業とではかなり色々異なったりもするようです.また,資金状態により組織管理に回せる資源も異なると思うので一応触れると,弊社は創業二年目,シード調達,2018年後半にシリーズA調達と二回の資金調達を経て合計で日本円だと凡そ12億円くらいの状態です.

スタートアップ,日本だとベンチャーという呼称の方が定着してそうですが,よく頂く質問に自分なりに答える形式で書いてみます.

忙しい?

人により忙しいの定義が違うのをふまえた上で,私の場合は忙しさは "ふつう" です.組織から求められた拘束時間は決してべらぼうに多くない.それに自宅からの遠隔勤務で,会議 (勿論電話やネット経由) 以外の時間の使い方は自由が利く等,裁量が多く認められてる感じることもあり,むしろ拘束時間には不満がない感じです (仕事好きなので空き時間の多くは自分の意志で仕事関連の事をしてることは多いですが).いっぽうで,精神的負担の面での "忙しさ" は多少あるかなと.目の前のチャンスを逃すと即ちに会社が潰れる可能性は常に隣り合わせなので,お客さんとのプロジェクトで先方側の変更にも敏感に可能な限り対応する意識は徹底しているように感じます.したがって捉え方次第では "振り回される" 状態にもなり得ますが,スタートアップだからある程度仕方無いと各自が処理しつつ,処理しきれない残りの部分はマネジャーに不平をぶつけるというサイクルが今の所回ってるのかなと.

オフィスが車庫である?

これは憧れますけどねえ〜,違います.西岸海洋性気候で一年を通して穏やかな気候のシリコンバレーならさておき,テキサスだと夏暑くなるので無理です.というのは半ば冗談として.真面目な話,スタートアップ企業の贅沢なオフィスとかよく記事とかで見ますし,賛否両論でしょうが,弊社は人件費に注ぎ込むとトップから宣言されていて,オフィス等アメニティは最低限に抑えられています.洒落たオフィスがあればなお良いけど,そうでなくてもモチベーションに困らない社員を確保出来てるということなのかも知れない.

無給である?

中にはそういうスタートアップ企業もあるかも知れませんが,あまり無いのではと思います.企業の方針によるでしょうが,成果を出さないとすぐ潰れるので,むしろ最速で成果を出すために給与はそれほどケチらずに優秀な人を確保したい会社が多いのでは.
なお米国は州ごとに所得税の割合や就労に関する法律が異なったり,地域により生活費に雲泥の差があったり等で,給与水準も場所により異なります.基本的に都会の方が人気があり生活費が高いため給与も高い傾向があるのでは.日本のメディアが大好きなシリコンバレー地域 (米国だとサンフランシスコ・ベイエリアみたいに呼ぶことのが多そう) は特に生活費の高騰が社会問題になりますが,やはり高給を取るエンジニアを大量に抱える超大企業が多いこともあり給与も高めに思う反面,ネットで見てる限りだと*1,現地のスタートアップ企業のすべてがそうべらぼうに高給なわけでは無く,むしろ中・大企業が例外的に高給なのかなと思ったりもします.私の勤務する企業は本社*2が給与水準が米国内では必ずしも高い方には入らないテキサス州の地方都市で,入社面接の際には,(カリフォルニア州在住の私を気遣ってか) ベイエリア価格は払えなくて申し訳ないんだけど,と気にしてもらいましたが,始まってみたら遜色無い感じです.テック産業の聖地であり,それ以外にも気候や文化など外から来る人には色々魅力的に映る点があるシリコンバレーでは,むしろ給与を多少抑えても人が来る?という背景もあるのかなと思ったりしてます.

無休である?

どうでしょう.これは想像ですが,組織として量的な面での勤務が決められているわけではなく,働きたければ無休に近い状態で働いても良いし,そうではない働き方を選ぶ人もいる,そういう状況なのではないでしょうか.私の勤務先は創業者3人共に30台中盤以降・子持ち,企業・人生経験豊富なオッサソ達ということもあるのか,個人の事情は最大限理解してもらってると思いますし,いわゆる Work-Life balance を取ってこそより生産性が上がるはず,ということになってると思います.実際,仕事の進捗状況や出張等で避けられない場合を除き,土日には Email がパッタリ止まります (とはいえ多くの社員が週末も何かしかの仕事はしてそうですが).私も正直,馬車馬のように働くという印象をスタートアップ企業にはもっていました (し,憧れてもいた) が,一方で家庭の事情で急な休みが多くなりがちなこと (妻が仕事の事情で日程の融通がほぼまったく利かない,休日がたまにしか取れない等により,平日の朝夕,週末含めて子育て等家庭の事,非常時の対応等は私が主にしています) や,そもそも妻の仕事の都合により引越すつもりは無く基本遠隔のみの勤務となる事なども理解してくれました.他の社員もそれぞれ色々相談しながらやってるようです.正直,仕事内容は勿論ですが,個人の事情を尊重してもらえてる感が今の勤務先はとても有難いと思っています.

ロボット業なのに遠隔勤務ってどう?

産業用ロボット等ハードウェアを含めたシステムを扱うので,現地で手足を動かすのが必須なのは言うまでもありません.基本的には物資は本社の実験室に設置し,自宅には最低限のハードウェアしか置いてません.自分の担当箇所のハードウェア含めた作業は,現地社員とやり取りしながら何とかやっています.動画通話は欠かせません.社屋には遠隔者用にテレプレゼンス機 (台車の上にカメラ,マイク,モニタ等が付いており,遠隔から操作して社屋内を移動,会話できる装置) もあり私はよく利用しています.VPN 経由で遠隔ログインしてソフトウェア操作しつつ,物理的なことは現地社員にやってもらい,自分はテレプレゼンスで挙動を確認するとか.今の所どうにかなってはいるか.

会社員として遠隔勤務ってどう?

社員の2割程度が遠隔勤務で,遠隔者が複数人になった街ではオフィス借りたりしててちょっと羨ましい.今のところ私含め全員がシニアレベルです.以前は学生インターン (工学のトップスクール在学中) を遠隔で雇って生産性が上がらなかったなんて苦い経験もあったらしい.また,本社付近に住む社員でも,色々な理由で出社せず働く日はしょっちゅうあるようです.これまでのところ最もクリエイティブな出社不可理由は,車庫の前に雉が居て車が出せない,というのかな.縛りが行き届かないスタートアップならではの環境を享受してはいます.
州外社員は,これまではテキサスの "本社" に3ヶ月に一度集まる機会を頂いていました.新しい社員も毎月入社しているし,やはり一度会ってるのと会ったことがないのとでは全然違います.しかし私の場合カリフォルニアからの移動で乗継ぎ含めどうしても計10時間以上で生産性は落ちる上,仕事は忙しくなる一方なので今後はどうなるか.全社員が遠隔で働く Gitlab 社等他社を参考にしながら,遠隔社員の働き方は少しづつ変わって来ています.

私は直近5,6年は遠隔中心の勤務なのですが,対面できる同僚がいるオフィスという環境にメリットは多いと思うし理想的には自分もそういう働き方をしたいとした上で,ロボティクス関連の技師として日々の仕事を進めるうえで遠隔勤務に深刻な不都合は感じていません.コミュニケーションツールを使っての作業に今の勤務先の同僚が我慢してくれてるのは大きいと思います.もし技術習得が限定されると困りものですが,担当分野を割とハード問わない方面にしているのもあり,インターネットで調べたり授業を受けて補うこともできるし,あまり大きな障害ではないかなと.妻は仕事外で同僚とつるむことができない私の状況を心配してくれてるようですが,それは他の機会で作れば良いし,そもそも小さい子達と家事の面倒で夜はどうせ外出できないし,今は良いかなと.
では何が遠隔の短所になり得るかというと,意思決定や他者の感情を汲みながらの作業等の経験は減るかなと.日々誰かと対面しながらの作業だと,大小様々な意思決定を,他者の気持ちを尊重しながら行いますが,遠隔で他者の微妙な機微が見えにくい中での仕事だと,論理のみで感情面の思慮は薄いまま決めごとを進めてないかな,と自分を省みて感じます.もちろん,目の前の仕事がそれで進むのであれば当面まったく問題無いとは思いますが,5年先10年先のキャリアを考えた時に,対人的な部分を研ぎ澄ます機会が少ないのはちょっと考えどころです.

*1:glassdoor.com 等を参考に.

*2:本社とかいうほどの規模はないが,他州にもオフィスがあるので間違いでもない.